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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)957号 判決

控訴人(被告) 高山豊彦

被控訴人(原告) キタモト鉄鋼株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の申立

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨および「訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴人の主張

被控訴人の主張は、次のとおり補正、付加するほか原判決事実摘示(原判決第二および第三のうち原告主張部分)のとおりであるから、これを引用する。

1  本件事故が発生した経過は、原判決理由説示のとおりであつて、控訴人が被控訴人の命令に背き、無断で被控訴人保有の自家用六三年式パブリカ(大五ま六三九二号、以下本件自動車という。)を私用のため運転中に惹起したものであるが、被害者に対する関係では、右の自動車運転は外形上被控訴人の事業執行々為となることは明らかであるから、使用者責任を免れることはできなかつた。そこで、昭和四二年三月二四日被控訴人と訴外金子久男およびさくらタクシー株式会社(以下単にさくらタクシーという。)との間に、本件事故に関し、(イ)被控訴人は、金子に対し同年七月一五日限り三五〇万円を、さくらタクシーに対し同年一〇月末日限り二〇万円を支払う。(ロ)金子が訴外大野病院に支払うべき治療費三〇万円は被控訴人が支払う。(ハ)自動車損害賠償責任保険の三〇万円は被控訴人が取得することを骨子とする裁判上の和解が成立し、被控訴人は右条項に従い計三七〇万円を支払つた。金子に支払つた三五〇万円は、被害者である金子との関係で自動車損害賠償保障法(以下単に自賠法という。)三条および民法七一五条の両法条に該当するところ、特別法である自賠法三条に基づく責任であり、さくらタクシーに支払つた二〇万円は民法七一五条一項に基づくものであつて、被控訴人が金子らに右金員を支払つたのは相当である。

2  本件事故は、控訴人が酒気を帯びて前方の信号と同方向に進行するタクシーの動静に対する注視を怠り、十分な車間距離を保持しなかつたという重大な過失に基づくものである。また、この日控訴人が勤務終了後大阪方面へ飲酒に行くことは被控訴会社の業務ではなく、上司の命令に基づくものでもない。

3  被控訴人の控訴人に対する選任、監督上の過失の有無は、被害者に対する関係での使用者責任免責の抗弁であり、被用者自らがこれを主張することは許されない。いわんや、本件のように会社の命令に背いて居酒屋で酒を飲み、さらに他で飲酒する目的で運転した通常の業務外の行為について、使用者に対し過失相殺を云々する余地は全くない。

三  控訴人の主張

控訴人の主張は、次のとおり補正、附加するほか原判決事実摘示(原判決第二および第三のうち被告主張の部分)のとおりであるから、これを引用する。

1  本件事故に関する損害賠償として、被控訴人がさくらタクシーおよび金子に対しその主張の各金員を支払つたことは認めるが、その金額が妥当なものであるかどうか疑問である。したがつて、被控訴人主張の金額の支払には応じられない。

金子に支払つた三、五〇〇、〇〇〇円が自賠法に基づく責任によるものであるとの主張は争う。被控訴人がいかなる法条に基づく責任として支払つたのかわからない。

仮に、自賠法に基づく責任として支払つたものであるとしても、同条に基づく責任は運行供与者の固有の責任であつて、民法七一五条一項に基づく責任とは異るから、この場合にも同条三項による求償権が発生するとなすことには疑問がある。

2  本件事故につき控訴人に過失があつたことは認めるが、重大な過失があつたとの主張は争う。すなわち、

控訴人は酒気帯び運転をしたものではない。控訴人は当日午後五時から五時半頃までの間に、被控訴会社附近の駒屋酒店で北原らと共にコツプ酒一杯を飲んだが、事故発生時の午後九時頃までの間には三時間以上経過しているから、すでに酒気を帯びていなかつたことは明らかである。

また本件事故は、控訴人が、大阪市西区阿波座中通り一丁目二三番地先道路を南から北に向い、時速約四〇キロで先行する金子久男運転の自動車(以下タクシーという)の後方を約五、六メートルの距離をおいて追従して進行中、右先行車が同所横断歩道をわたり交差点に入つたところで急停車したため、直ちに急制動の措置をとつたが間に合わず、右先行車の後部に自車前部が衝突し、発生したもので、控訴人の過失は単に十分な車間距離を保持しないで進行した一点に存するにすぎない。

控訴人は、当日午後五時頃、被控訴会社の専務取締役北本広一郎から北原正勝外一名を南海電鉄七道駅まで送るよう命ぜられて本件自動車を運転し会社を出たところ、途中同人らから誘われて会社の附近の駒屋酒店に立寄り、それから北原の義兄木下方へ行つて一時間半余り雑談した後大阪へ遊びに行こうと誘われ、北原らを本件自動車に乗せ、雨の降る中を北原の指示に従つて運転進行中本件事故を起したものであるが、北原らは会社内では控訴人の上司の関係にあるものであるから、本件事故は上司の指示に基づいて行動中に発生したものというべきである。

なお、被控訴会社の所有する自動車は通常会社工場内に駐車して保管しており、控訴人は自動車の保管、運転について別段の注意を受けたことはなかつた。

3  被控訴人は、民法七一五条三項に基づき支払額全額について求償の請求をしているが、同条同項の求償権は次の理由により制限さるべきものである。

すなわち、民法七一五条は使用者に選任、監督上の過失がない場合には損害賠償責任を免れうる旨規定しているから、使用者の被用者に対する求償権は使用者の過失を前提としているものであること明らかで、この限りにおいて常に使用者の過失によつて相殺さるべき性格を有するものといえる。したがつて、同条三項が「求償権ノ行使ヲ妨ケス」と規定しているのは、全額求償を認めたものではなく、使用者の過失によつて相殺された残額についてのみ求償権を認める意味であると解すべく、右相殺額は危険責任又は報償責任の原則によつて使用者の過失を過大に評価して定めらるべきものである。被控訴人は、本件において自己の選任、監督上の過失を自白して求償権を行使するものであるから、支払金額全額について求償することは失当といわざるを得ない。

仮に、使用者の選任、監督上の過失をもつて求償権制度の根拠となすことをえないとしても、危険責任又は報償責任の原則から使用者の求償権は制限を受けると考えるのが具体的妥当性に合致する。

四  原判決の訂正

原判決三枚目裏九行目に「両具」とあるのを「雨具」と訂正する。

五  証拠〈省略〉

理由

一  被控訴会社の被用者であつた控訴人が、昭和四一年五月七日午後九時頃、本件自動車を運転中大阪市西区阿波座中通り一丁目二三番地先交差点において、訴外金子久男運転のタクシーの後部に追突し、右タクシーの後部に損傷を与えるとともに、金子に傷害を負わせたこと(本件事故)、本件事故発生につき、控訴人に少くとも車間距離不保持の過失があり、不法行為上の損害賠償責任があること、被控訴会社もまた本件自動車の保有者および控訴人の使用者として、損害賠償責任を免れないこと、本件事故につき、被控訴会社が同年一〇月六日右金子およびさくらタクシーから損害賠償請求の訴を大阪地方裁判所に提起せられ、翌四二年三月二四日金子およびさくらタクシーとの間で、被控訴会社は金子に対し金三、五〇〇、〇〇〇円を同年七月一五日限り、さくらタクシーに対し金二〇〇、〇〇〇円を同年一〇月末日限りそれぞれ支払うこととする旨の裁判上の和解をなし、これに従つて金子およびさくらタクシーに対しそれぞれ右各金員の支払をなしたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二、三、五、八、九号証、乙第七号証の二ないし七、原審、当審における控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、

控訴人は、本件事故現場附近の道路を南から北に向つて時速約四〇キロで、先行する金子久男運転のタクシーに追従して進行中、前記交差点の信号および右タクシーの動静に対する注意を怠り、かつ先行の右タクシーがいつ徐行、急停止等してもこれに応じた措置がとれるだけの安全な車間距離を保持すべき注意義務を怠つて、僅か五、六メートルの車間距離をおいたのみで、漫然前記速度のまま進行した過失により赤信号により北行停止線附近で停止した右タクシーに追突したものであること。

本件事故により、金子はむち打ち損傷、両上肢(不完全)神経麻痺、椎間板ヘルニヤ等の傷害を受けて、約三カ月半入院治療を受け、その後も引続き加療に努めたが完全回復の見透しがつかなかつたことと、右タクシーもその後部バンバー、トランクを破損せしめられ、相当の損害を蒙つたこと。

前記訴訟における金子の請求金額は一〇、〇〇三、七二三円(内訳医療費七二、二二九円、逸出利益八、四三一、四九四円、慰藉料一、五〇〇、〇〇〇円)であり、さくらタクシーの請求金額は二一九、三八七円(内訳前記タクシー修繕費一九八、三八七円、右修理中の逸出利益二一、〇〇〇円)であつたが(この事実は当事者間に争がない)、前記裁判上の和解により被控訴会社は金子およびさくらタクシーに対しそれぞれ前記金員を支払うほか、金子が大野病院に支払うべき治療費は被控訴会社が支払い、自動車損害賠償責任保険の保険金は被控訴会社が取得することとなつたものであること。を認めることができ、前記控訴本人尋問の結果中叙上の認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の本件事故発生の態様、傷害、損傷の部位程度、前記訴訟における請求金額から勘案すると、被控訴会社が前記裁判上の和解により金子およびさくらタクシーに支払つた各金員は、同人らが本件事故によつて蒙つた損害(金子については治療費、逸出利益、慰藉料、さくらタクシーについては自動車の修理費用、右修理中の逸出利益)の一部であつたものと推認することができ、被控訴会社が前記和解において実損害以上の過大な支払を約したものとは到底考えられない。

二  そうすると、控訴人は直接の加害者として民法七〇九条により、また被控訴会社は本件自動車の保有者および控訴人の使用者として、金子に対しては自賠法三条および民法七一五条一項により、さくらタクシーに対しては民法七一五条一項により、それぞれ金子およびさくらタクシーに蒙らしめた損害を賠償すべき義務があり、被控訴会社は控訴人に対し、民法七一五条三項に基づき金子およびさくらタクシーに支払つた前記三、五〇〇、〇〇〇円と二〇〇、〇〇〇円合計三、七〇〇、〇〇〇円につき、求償権を行使することができるものといわなければならない。

三  ところで、控訴人は、自賠法三条による責任は運行供与者の固有責任で、民法七一五条の使用者責任とは性質を異にするので、被控訴会社が金子に支払つた賠償金が自賠法三条に基づくものとすれば、被控訴会社はこれにつき控訴人に対し民法七一五条三項によつて求償権を行使することは許されないかの如く主張するけれども、本件の如く、自賠法三条の規定による責任と民法七一五条一項の規定による責任とが競合する場合において、そのいづれか一方の責任を果せば同時に他方の責任も果されたことになるから、前者の規定により損害の賠償をした場合においても、使用者として被用者に対し民法七一五条三項により求償権を行使しうるものといわなければならない。したがつて、被控訴人が右両法条のいずれに基づいて賠償したかをせんさくするまでもなく本件求償は許さるべきである。

四  次に控訴人は、民法七一五条の使用者責任は使用者の被用者に対する選任監督上の過失を前提とするものであるから、使用者の被用者に対する求償権は常に右使用者の過失によつて相殺さるべき性格のものである、仮に然らずとするも、危険責任ないし報償責任の原則によつて制限さるべきものであるから、被控訴会社が被害者に支払つた賠償金の全額を控訴人に請求することは許されない旨主張するけれども、右控訴人の見解は立法論としてはともかく、現行法の解釈としてはこれを採用し難い。けだし、現行民法は使用者責任をもつて本来的なものとせず、元来直接の加害者である被用者において賠償すべき損害を、被害者保護のため、被用者に対する選任監督上の無過失を免責条件として使用者にも賠償せしめ、使用者はその賠償金を被用者に対し求償しうるものとする建前をとつていることが明らかだからである。

もつとも、使用者側の責に帰すべき事由が、被用者の行為と相俟つて他人の権利侵害の原因となつているものと認められるような場合には、使用者は共同不法行為上の責任を免れず、この場合には、使用者と被用者間において内部的な責任分担の問題を生ずるけれども、使用者に単純な選任、監督上の不注意があるのみでは、いまだもつて共同不法行為上の責任があるものとなすことはできない。

今これを本件について見るに、前掲乙第七号証の四、六、七、原審、当審における証人北原正勝、控訴本人の各供述によると、控訴人(昭和一九年一〇月三一日生)は、昭和四〇年一〇月頃鉄鋼業を営む被控訴会社(所在地堺市)に雇われ、営業関係の仕事に従事し、翌四一年一月一八日普通自動車運転免許を取得してから後は、主として自動車の運転に従事していたものであるところ、本件事故当日、夕方から雨が激しく降るようになつたので、上司(専務取締役)北本広一郎から、午後五時半頃、帰宅しようとする従業員の北原正勝外一名を会社から約七〇〇米の距離にある南海電鉄の七道駅まで送るように命ぜられ、本件自動車で送ることになつた機会に、右北原外一名から誘われて会社附近の飲み屋と北原の義兄宅で午後八時頃まで遊び、その揚句大阪の飲み屋へ遊びに行くことになつて右北原外一名を乗せ無断で本件自動車を運転し大阪へ出掛ける途中本件事故を起したものであること、控訴人は、平素上司から自動車の保管、運転について格別の注意を受けたことはなかつたことを認めることができる。右事実によれば、本件事故は、控訴人が本件自動車を無断で私用に運転中に前記過失により発生せしめたもので、その責任は専ら控訴人にあることが明らかであり被控訴会社の控訴人に対する選任、監督上の過失と本件事故発生との間に被控訴会社の共同不法行為責任を認めなければならないような相当因果関係があるものとは認め難く、他に本件事故につき被控訴会社に共同不法行為上の責任を負わしめるを相当とする事由の存在は認められない。

なお控訴人の前記過失の程度が重大な過失と認むべき程度のものでないとしても、一般不法行為につき国家賠償法第一条の如き規定がない以上控訴人の求償義務に何ら消長を来さないことを附言する。

五  控訴人は、金子の附添費や入院雑費等四四、四三〇円を支払つたと主張し、原審における控訴本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる乙第二ないし第六号証によれば、右主張事実はそのとおり認められるが、甲第二号証によると被控訴人の前記賠償額は控訴人の右支出を考慮したうえ定められたものと認められるので、控訴人が右費用を支出したことは、被控訴人の本訴求償額に影響を及ぼすものではない。この点に関する所論も理由がない。

六  以上のとおりであるから、控訴人に対し金三、七〇〇、〇〇〇円およびこれに対する賠償金支払後の昭和四二年一一月一日から完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容した原判決は正当である。

よつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 島崎三郎 上田次郎)

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